なまら好きやねん北海道

都会生活にうんざりし、海外生活も経験した関西人が北海道の素晴らしさに感動しながら、その生活ぶりを紹介するブログ

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関西人

ゴールデンウィークに久しぶりに関西に里帰りをした。

家族や親戚はもちろん、大阪や東京で働いていた頃の友人と
何年かぶりに会い、とても楽しい時を過ごすことが出来た。

久しぶりに会っても、全く時の隔たりを感じさせない
仲間がいると言うのはとても有難いことだと思う。

そんな小旅行の中で、私自身の関西人としてのアイデンティティを
再認識させる出来事があった。

いきなり本題とは外れるが、identityという単語は英語を日本語に
翻訳する上で最も困難な単語ではないかと思う。

なぜなら、該当する言葉が日本語にはないからだ。

試しにidentityを辞書で引いてみると、『同一性、独自性、自分らしさ、
自己認識、自己同一性』などという訳語があり、どれも間違っている
訳ではないのだが、どうもしっくりこないし、第一これでは何を言いたいのか
さっぱり分からない。

個より集団を重視する日本人には個々のアイデンティティという
概念自体がなかったのだろうか? また、ほとんど単一民族として
暮らしてきた島国日本にはアイデンティティという概念は必要無かった
のかもしれない。

私はidentityという単語に対する的確な訳語について、もう何年もの間
考え続けているが、未だにそれを見つけることが出来ないだけでなく、
その言葉の意味を明確に説明できずにいる。

強いて言うなら、『自分が何者であるか?を考える上で、自分自身を
構成する物理的、思想的なあらゆる要素の中から、一般人の平均とは
異なる特徴的な部分だけを抽出して寄せ集めた集合体』というぐらいの
説明しか出来ないが、これでは30点がやっとといったところか。


さて本題。

いとこの家でBBQをやっていた時のこと。

いとこの子で小学4年生のK君が私に言ったひと言が印象的だった。

『つっこみが絶妙やな』

根が関西人の私はこんな小さな子供にでも、自分の笑いのセンスを
褒められるのは悪い気がしないが、今回の本題はそこではない。

小学4年生でも既に他人のボケや突っ込みの技量を評価するほど、
お笑いに興味を持っているということだ。

関西で生まれ育っていない人には想像もつかないと思うが、
関西では幼稚園に行くぐらいの年齢になると既にお笑いが
生活の中の大きな部分を占めることになる。

関西では家庭や学校はもちろんのこと、職場や他人同士でも、
『人を笑わせてなんぼ』という暗黙の了解のルールがある。

私が大学生で就職活動をしている時に、たまたま知り合った九州の
学生がこんなことを言っていた。

『東京で集団面接を受けると、みんなアナウンサーみたいな話し方をするし、
関西で集団面接を受けると、みんな漫才師みたいに面接官を笑わせようとする』


この言葉が関西という土地柄を良く表している。

人と人が会話をするときには、必ず『笑い』が必要なのだ。
それが親しい人同士だろうが、初対面だろうが関係ない。
『笑い』はコミュニケーションの潤滑油として、関西では重要な役割を
果たしている。

関西で『落ち』の無い話が嫌われる理由もこの辺にある。

集団の中で誰かが話を始めると、聴いている側は無意識のうちに、
どういう『落ち』を持ってくるかを想像しながら聴いている。
それが意表をついた面白い話だと、『こいつ、やるなぁ』となり、
予想通りだったり、それ以下だと取りあえず愛想笑い程度に鼻で笑う。
『落ち』がない話というのはさらにそれ以下な訳で、『落ち』を想像しながら
集中して聴いていた自分が馬鹿らしくなり、相手に腹が立つことも
止むを得ない。


関西では、お笑いの戦いは幼稚園で既に始まっている。

如何に友達や先生を、他の友達より笑わせることができるか。

そればかりを考えていると言っても過言ではない。

だから、そうやって子供のころから育ち、うん十年という年月を重ねた
年季の入ったおばちゃんの中には相当なつわものがいて、そこらへんの
中堅レベルの芸人では到底太刀打ちが出来ない。そんな百戦錬磨の
おばちゃんが関西の下町にはどこでも何人かは居るものだ。

特に、市場や飲食店で日々、客とコミュニケーションをして、切磋琢磨
してきたおばちゃんの中には一流芸人の中に入れても遜色がない者もいる。

その昔、関西には『夜はクネクネ』というローカル番組があった。

あのねのねの原田伸郎とアナウンサーの角淳一がただ夜の関西の住宅街を
生放送で歩くだけという番組だ。

全くの行き当たりばったりで、たまたまそこで出くわしたローカルの人々と
会話をしながら歩くというただそれだけ。

同じことを関西以外でやっても、番組として成立するわけがないことは
想像に難くないが、制作側としてはそんな危険極まりないかけを生番組で
やって、行き当たりばったりにも関わらず、必ずと言っていいほど、
面白い人物が現れ、番組が成立してしまうところは、まさに関西人の底力だと思う。


最近ではお笑い芸人になるために養成スクールに通ったりする人も
多いようだが、関西以外で生まれ育った人が大人になってから
養成スクールに通ったところで、関西人が幼いころから生活の中で自然と
身に付けた笑いに関するテクニックとの差を埋めるのは容易なことではない。

5歳でテニスを始めた錦織圭や3歳で卓球を始めた福原愛の強さを見れば
分かるとおり、何事も幼いころからやっている人間に勝つことは容易ではない。、
お笑いの世界でも同じことが言えると思う。

130505_1951~0001


これは、ある居酒屋のトイレに貼ってあったもの。

『スピードよりコントロール』

関西を離れ、北海道暮らしも長くなってしまった私は、最初これを見て、
この居酒屋の従業員のためのスローガンだと思った。

急ぐあまり客に変な料理を出すのではなく、時間がかかっても
いいから、きちんとした料理を出そう、みたいなことかと思ったが、
良く考えてみるとここは関西。

全く違う意味であることに気がついた。

要するに、急いでこぼすな! という客に対するメッセージだ。

こんな遊び心が関西には至る所にあるのも楽しい。


最後に、いとこの子っていうのは続柄的になんて言うんだろう?という
疑問があったので調べてみた。

おそらく聞いたことがある人はほとんどいないと思うが、
従兄弟違い(いとこちがい)、もしくは男女を分けて呼ぶ時には
男の子は従甥(じゅうせい)、女の子の場合は従姪(じゅうてつ)
と言うらしい。

ただ、ややこしいことに、いとこの子からみた私、つまり父母のいとこのことも
従兄弟違い(いとこちがい)というらしい。

ちなみに、比較的良く聞く機会の多い、『またいとこ』というのは、父母のいとこの子の
こと。つまり子供から子供をみた場合で、『はとこ』というのも同じ意味。

こんなことがすぐに調べられるのもネット時代の便利さだ。


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| 人生 | 20:58 | コメントはこちらから:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

今晩は関西人だったんですね
私も10年ほど関西にいました~北海道から関西に就職したとき
の面接ではカルチャーショック言葉について行けなったです
でも関西人は明るく賑やかな事が好きみたい
私の周りにはそんな人が沢山いました~
今は遠い過去の話です
でもふるさとはいいんじゃないですか~~
賑やかで親戚一同盛り上がったんじゃないですか~~~

| コズ | 2013/05/22 19:48 | URL |

Re: タイトルなし

コズさん

コメントありがとうございます。
関西に住んでいたことがあるんですね。

道民の友達はもちろん大好きですが、
関西の友達には関西の友達にしかない雰囲気が
あるので、たまに帰るととても懐かしいです。
やっぱり生まれ育ったところは特別なんでしょうね。

| Swimmer to the moon | 2013/05/22 22:16 | URL |















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