なまら好きやねん北海道

都会生活にうんざりし、海外生活も経験した関西人が北海道の素晴らしさに感動しながら、その生活ぶりを紹介するブログ

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原子力発電所の事故について思うこと その2

福島第一原発の近隣の県の農産物から食品衛生法の暫定規制値の
数倍もの放射能が検出され、政府は出荷停止を指示したという。
さらには水道水や周辺の海からも高い数値の放射能が検出されている。

いよいよ恐れていた事態となった。放射能汚染は原子力発電所の
周囲だけでなく、その汚染エリアは確実に近隣の県にまで広がって
いるということだ。

『風評被害を防止しないといけない。』

もっともだろう。まじめに農業に取り組み、野菜や家畜を育ててきた
人達にとっても、全く自分たちには防御のしようのない問題にも関わらず、
今後も農業を続けられるのかという死活問題にもなりうる大きな問題だ。

風評被害の防止と言葉で聞けば、我々それぞれが注意すれば良いだけの問題の
ように聞こえるが、現実にはそう単純ではない。


考えてみてほしい。明日スーパーに行って、茨城県産のホウレンソウと
九州産のホウレンソウが同じ150円で売られていたら、躊躇することなく
茨城産のものを買うことができるだろうか?

対外的にはもっと深刻だ。
おそらく99%以上の外国人は今回の事故が起きるまで、福島という地名を
知らなかったはずだ。不幸なことに、今回の事故で福島=原発事故として
不名誉な形でその名前を知られることになった。

もし今、ロシア土産としてチェルノブイリ産の牛乳を貰ったら、
躊躇なく飲めるだろうか? おそらくはほとんどの日本人はチェルノブイリの
原発事故が起きるまでチェルノブイリという地名を知らなかったはずだ。
それが事故から25年経った今でも、その名は原発事故の町として人々の
記憶と結びつき、未だにチェルノブイリと聞けば一番に思い浮かぶのは
原発事故という言葉だ。。

これと同様のことが福島にも起きようとしている。

TVではその道の専門家と言われる人達が登場して、この程度の
放射能は安全だと解説している。この数値であれば年間数十キロの
ホウレンソウを食べて初めて身体に悪影響があるとか、牛乳なら
数百リットル飲まないと大丈夫だとの説明だけを聞くと、一瞬
『なんだそれなら全く安心じゃないか』と思ってしまいそうになる。

しかしよく考えてみると、コアラがユーカリの葉っぱしか食べないのや、
パンダが笹の葉ばかりを食べて生きているのとは訳が違う。
人間はホウレンソウばかりを食べ、牛乳ばかりを飲んでいる訳ではない。

つまり、ホウレンソウだけから摂取される放射能の量は問題ない
かもしれないが、汚染されている可能性があるのはもちろん
ホウレンソウだけではないはずだ。

様々な野菜、米、肉、魚、水から摂取してしまう放射能に加え、
空気中からも放射能を浴びる。それらの総量が人体に影響がない
レベルで初めて、安全だと言えるのではないか。

そう考えると、TVで行われている『安全ですキャンペーン』はそのまま
鵜呑みには出来ないような気がする。

もちろん、国民がパニックを起こさないためにはこういったキャンペーンが
必要であることは理解できるが、結局最後は自分の身は自分で守る
しかないということを我々は覚えておかないといけない。


今回の放射能漏れ事故が実際にどの程度人体に悪影響を及ぼすことに
なるかは素人の私には分かりようもないが、このキャンペーンを信じて
結果として何らかの病気を発症し、長年に渡るであろう裁判の末に
国の補償を勝ち取ったとしても、自分自身の健康は二度と戻らないし、
裁判のために使った時間も戻らない。

規制値の数倍もの数値が検出されたと言いながら安全だと言い、安全だと
言いながら出荷を停止する。専門家によるとこの規制値の決め方に問題がある
うんぬんの言い訳があるようだが、こういった一連の不透明感が不安感に繋がり、
風評を引き起こすのだ。


結局のところ、放射能が人体に与える影響について、我々素人のみならず、
専門家も含めて、その全てを理解できている人間はいないのではないだろうか?
例えば、体内に取り込まれた微量の放射能が遺伝子を破壊し、子供の代、
あるいは孫の代に悪影響を及ぼすなどということが絶対に有り得ないと
言い切れるのか? 

我々は放射能という得体のしれないものを扱っているのではないか。

もちろんこれは福島だけの問題ではない。
原子力発電所のある全ての県とさらにはその周辺の県すべてに起こりうる
問題であることを忘れてはならない。つまり、狭い日本の国土を考えると、
これは日本全土に関わる問題なのだ。

話は少し変わるが、今回の放射能漏れで農家以外に既に大きな影響を受けているのが、
放射能事故の処理に当たっている東京電力社員、自衛隊、消防員の方々だ。

東電の社員は一般のサラリーマンであり、自衛隊にしても放射能漏れ事故の
処理の専門家ではないだろう。消防員にしても人命救助のために火事の中に
飛び込んでいく覚悟は出来ていても、まさか放射能事故の処理に当たらないと
いけないとは考えていなかったはずだ。

彼らは原子力発電所さえなければ、今回のような理不尽な任務に就く必要も
ないのだ。どうして彼らは国民の電気の無駄使いの代償として、命を危険に
さらさないといけないのか。

彼らは決して英雄でも無ければヒーローでも無い。
彼らはこれからも生きなくてはならない生身の人間なのだ。


アルマゲドンのブルース・ウィリスのように、映画の中のヒーローは
映画の中で人類のために身を捧げてヒーローとなっても、次の映画で
知らん顔をして復活できるが、現実世界はそんなに甘くない。

今回の出荷停止や風評被害が周辺農家に与える影響、これら一連の事故報道が
国民に与える不安、命をかけて事故処理に当たらないといけない東電社員、
自衛隊、消防隊、さらには今後数十年は続くであろう原発事故が起きた国
日本というレッテル。これら全てを犠牲にしてでも、日本は事故予測も
出来ず、事故が起きた後は全くコントロールを失う原子力発電を続け、
国民は不安におびえながら暮らさなくてはならないのか?

我々国民は電気の無駄遣いとこれらの危険を天秤にかけて、危険を選択して
いるのだ。原子力発電を続けるということは、これだけの危険を犠牲にしていると
いうことを忘れてはならない。そして、事故はおそらくまた起きる。
それでも、今の生活を変えようとは思わないのか?

これまで電気の需要を抑制することなく、増えるがままに任せてきた結果として
現在の異常な電気の使用状況がある。

今回の事故を機として、我々はこれまでの生活を根本的なところから全てを
白紙に戻して見直す必要があるのではないか。


その際に、これまでの生活を基準に考えてはいけない。
これまでの電気の使い方はあまりにも無秩序で、これを基準に考えると、
大きな削減には繋がらないからだ。

| 人生 | 19:46 | コメントはこちらから:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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