なまら好きやねん北海道

都会生活にうんざりし、海外生活も経験した関西人が北海道の素晴らしさに感動しながら、その生活ぶりを紹介するブログ

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原発事故は5000年に一度? 1000万年に一度?

関東に住む友人から連絡があり、放射能を避けるため関東を離れ、
関西に移住先を探しているという。

もし私が今関東に住んでいたとしたら、私も同じことを考えただろう。

とにかく放射能の恐ろしいところは得体の知れないこと。

我々人類が放射能について知っているのは、放射能が確実に
人体に悪影響を及ぼすということのみ。

どのくらいの被ばく量なら絶対に安全かということも分かっていないし、
原子力を使って発電する技術があっても、それにより生じた核燃料の
ゴミを処分する方法すら知らないのだ。もちろん、今回の事故のように
世界中に放射能を撒き散らしても、有効な事故処理策など何もない。
にも関わらず、原子力発電を続けるという愚かなことを我々は行って
いるのだ。

そんな中、原発に関するふざけたニュースがまた伝えられた。

『東京電力は、福島第1原発の1号機から3号機で、大津波などにより
再び炉心が損傷する確率を、およそ5000年に一度とする
試算を政府に提出
した』とのことらしい。

しかも、 『炉心損傷に至る確率が最も高いのは、大津波が原因で
注水機能が回復できなくなるケースで、大津波そのものの頻度は
700年に1回と見積もっている
。』という。

私は聞いた瞬間思わず鼻で笑ってしまった。

いったいどこまで国民を馬鹿にすれば気が済むのか。

大の大人が真面目な顔をして出したレポートとは到底思えない。
ブラックジョークにしてもレベルが低すぎる。

三陸沖で起きた大津波は分かっているだけでも下記のとおりだ。

1.1611年(慶長16年)M8.1
2.1677年(延宝5年)M8.0
3.1896年(明治29年)M8.5
4.1933年(昭和8年)M8.1
5.1960年(昭和35年)チリ地震
6.1978年(昭和53年)M7.4
7.2011年(平成23年)M9.0

たった400年の間に7回も起きている大津波が次は700年後だなんて
誰が信じるのか?
 
東電が原発を続けるためには、このぐらいの数字を
出さないといけないということが先にあって、捏造された数字にしか
見えないのは私だけだろうか? 幼稚園児だってもう少し気の利いた嘘をつくだろう。

ちなみに、今回の事故が起きるまでは1000万年に1度しか
炉心が損傷する確率はないと試算していた
という。
どこまで能天気なのだ。

日本で最初に原子力発電が行われたのが1963年だというから、
1000万年と試算していたはずが、たったの50年で起きたということだ。
もちろん、確率の問題なので、今回はたまたますぐに起きただけで、
次は1000万年後だというふざけた逃げの口上は可能だが、それでは
試算をする意味が全くない。

これほど危機管理能力と予見能力のない人たちに今回また同様の試算を
させることにいったい何の意味があるというのか?

これは単なる一企業の金儲けというレベルの低いくだらない問題ではない。

もちろん、原発に何らかの形で絡んで利益を得ている個人レベルの問題でも
なければ、原発が無くなれば電気の使用が制限されるかもしれないという
ちっぽけなことと比較できる問題でもない。

全人類の未来、地球の未来を左右する問題なのだ。

世間では政府や地方自治体に任せておけない国民があちこちで独自に
放射線量の測定を行い、色んなところで高い数値が観測されている。

そんな動きとともに、除染の動きも広がっており、福島市では全住宅を
除染する計画があるという。

原発事故で被害を受けている福島の人たちは本当に気の毒だと思うが、
そんなことが可能だとは到底思えない。

100歩譲って、仮に住宅敷地内の除染が一旦100%できたとしよう。
それでも、風が吹けばまた放射能はやってくるし、雨が降ればまた
放射能が溜まる。枯葉の放射能値が高いことや、雨どい近くの放射能値が
高いことを考えれば、そんなことは容易に想像がつく。

しかも、除染の際に除去した放射能まみれの土を処理する技術もないのだ。
現状では、中間処理施設と呼ばれながら、実質的には次の行き先もない処分場に、
ずっと放置されるしかないだろう。

除染で除去された膨大な量の土砂を、放射能がそこから漏れ出さないように
きちんと保管できるのか?

さらに、家の敷地から運び出された放射能まみれの土を、勝手に山や川に
捨てる人間は絶対にいないと言えるのか? TVなどの電化製品を山や道路に
捨てる輩がいることを考えると私はそうは思わない。

そういった放射能が必ずまた住宅地にも戻ってくるだろう。

今回の原発事故で汚染された地域が事故前の放射能数値に戻ることは
おそらく50年や100年のレベルでは不可能だろう。半減期が数万年という
放射能性物質もあるのだ。

残酷な言い方かもしれないが、得体の知れない放射能の恐怖から逃れるには
汚染された土地を捨てるしかないと思う。

私は北海道に居ながらも、決して安全だとは思っていない。

自分で育てた野菜は農薬や化学肥料を使っていないので、去年までは
簡単に土を落とす程度で食べていた。しかし今年は違う。
今までにないぐらいに念入りに洗ってから食べるようにしている。
内地に比べれば放射線量は低いかもしれないが、確実にここにも
原発事故の放射線は降り注いだはずだ。

狭い日本の国土で原発事故汚染地域に立ち入れなくなるのは大きな打撃だが、
それだけのことを今回の原発事故はしてしまったのだ。

しかも、原発がある限り、必ず事故はまた起きる。

それは50年後かも知れないし、明日かもしれない。

通常の事件や事故なら、時が経つと共にその影響は薄れ、人々の
脳裏から消え去っていくが、原発の場合はそうはいかない。
原発事故の悪夢はまだ始まったばかりで、我々人類がその本当の
恐ろしさを知るのはむしろこれからだろう。

広島や長崎の原爆のように、何十年経っても、人々を苦しめ
続けることになるのではないだろうか。

そんなことが分かっていながら、今後も原発を続けていくというのは
本当に愚かなことだと思う。我々日本人は地球上の全人類に恥ずべき、
愚かな過ちを犯してしまったのだ。

これは過去の人類の歴史の中でも、非常に大きな事件であり、
人類の歴史の大きな汚点である。

原発継続などというふざけた選択肢は
我々にあるはずがない。


さらにもうひとつ、原発に絡んだふざけた記事がある。

東電が7000億円の資金援助を国に申請するというのだ。

本当にふざけるなといいたい。

どうせ事故を起こしても、処理費用として計上すれば電気料金に上乗せされるだけだし、
おまけに国の援助がもらえれば、またぬくぬくとしていられるんじゃないかという
会社の体質が丸見えだ。

この際、東電を解体し、電気事業を発電と送電に切り離し、
新規参入が自由にできるような状況にすれば、原発などに全く頼ることなく、
今よりも安い電気料金で、安定した電気が供給されるようになることは
まず間違いないと思う。

結局、競争のない、国に守られた形で電力会社を放置し、
おまけにコストをかければかけるだけ電力会社が儲かるという
馬鹿げたシステムを放置しているから、コストが高い原発を
稼働させたいという流れになって、今回の事故(正確には事件)は
起きたのだ。

企業間の健全な形での自由競争が保たれ、政府が安定供給に
関する部分だけをコントロールするような仕組みを作れば、
日本の技術力を持ってすれば、必ずそこには競争の原理が働き、
安全で安価な電力を生み出すことができ、原発を過去の遺物として
永遠に葬り去ることができるだろう。


原発を存続すべきかどうかなどという論議はさっさと辞めて、
一刻も早く原発を廃止するにはどうすればいいかという議論に
切り替えるべきだ。


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