なまら好きやねん北海道

都会生活にうんざりし、海外生活も経験した関西人が北海道の素晴らしさに感動しながら、その生活ぶりを紹介するブログ

2011年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年05月

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変える勇気 変わる勇気

人間というものは元来、現状を変えることを嫌う傾向があると思う。

それはおそらく、現状を変えたり、自らが変わったりということには
色んな面で大きなエネルギーを必要とするからだろう。

変えた方が良くなることが分かっていても、ただダラダラと今までどおりの
慣れたやり方を続けている方が楽なのだ。

これは職場での仕事のやり方の改革にも言えるし、個人の生活の中の
小さなことにも言える。

会社で何かを変革しようとすると必ずといっていいほど、面倒臭がって
反対する人間が現れるし、他人から自分の生活様式の変更を迫られると
頑なにそれを拒否する。

私自身はと言うと、むしろ変化を楽しみ、これまでも様々な新しいことに
チャレンジしてきた。

そんな私からすると、必要な変化を躊躇し、反対が起きるということに
大きなもどかしさを感じることがある。

そんなもどかしさを感じていることが今もひとつある。

原発の問題だ。

原発に関しては、ただ単に現状を変えるということにエネルギーが
必要なだけではなく、現在原発があることにより、様々な利権を
得ている人間がいるために、事情をさらに複雑にしている。

原発があることで利権を得ている、つまり原発が無くなることで
困るのは誰かと考えてみると分かりやすいが、まず最初に思い浮かぶのが
原発で飯を食っている科学者たちだ。

つまり、TVで『この程度の放射能を浴びてもただちには人体に
影響がない』と繰り返し言い続けているのは、原子力発電に反対運動が起きて、
原発が無くなってしまうと困る科学者たちであることを忘れてはいけない。


しかも、そういう科学者たちの話をまことしやかに伝えているのは、
電力会社から大きな利権を得ているTV局だということも忘れてはならない。


今回の東北の地震と津波は、それだけでも日本の国に大きな被害を
もたらした。ただ、自然現象である地震や津波は地球の、しかも有数の
地震地帯である日本に住む限りは避けようのない問題だ。

しかし、福島で起きている原発事故による放射能漏れの問題はそれとは
全く質の異なる、人間の過ちによる人災なのだ。


今、福島で起きていることを、その周辺に住んでいない人にもよく考えて
みてほしい。

大きな地震と津波から死に物狂いで逃れて、なんとか命を取り留めたと
思った矢先、今度は放射能が漏れているからすぐに避難しろと言われ、
自分の家にすら帰ることが許されない。

そんなことが今まさに福島で現実として起きているということを、
自分自身の身に置き換えて考えてみたことがあるだろうか?

留守の間に泥棒が入っているのではないか? 連れていくことが許されず、
置いてきたペットは大丈夫だろうか? 仕方なく野に放ってきた家畜たちは
今も生きているのだろうか? 冷蔵庫の中の食物も腐り始めているのでは
ないか? 想い出の品々の数々は再び自分たちの手元に戻ってくるのだろうか? 
いつかまた原発事故が起きる前のように同じ家のお茶の間に笑いが戻る日が
来るのだろうか?


地震や津波だけでも、福島の人たちに大きな打撃を与えたはずだ。
その上に、彼らはどうしてこんな思いをしないといけないのか?

どうして、福島周辺で真面目に農家をやってきた人達の作物は買ってもらえないのか?
どうして、福島周辺で真面目に漁業を営んできた人達の獲った魚は避けられているのか?
どうして、福島周辺の旅館やホテルの予約はキャンセルされたのか?

これらの答えはTV局が馬鹿の一つ覚えみたいに
繰り返し言っている風評被害では決してない。


放射能の恐ろしさについては全てが理解されている訳ではなく、その影響に
関する色んな事実が恣意的に隠されていると感じるから、原発事故周辺の作物は
食べないし、放射能に汚染された水を大量に放出した海で獲れた魚は食べない。
世界中に観光の行き先となる候補は百万とあるのに、わざわざ大量の放射能を
浴びる可能性のあるエリアには行かない。

これは当然の自己防衛本能だ。

私自身も考えることだし、愛する家族や友人にも当然食べてほしくない。
誰かが危険のあるエリアに旅行に行くという話を聞けば止めるだろう。

非難されるべきはそういった危険回避行動ではなく、今回の事故の根本の
原因である原発そのもの以外では有り得ないのだ。


にも関わらず、そういった論調の発言がTVからは一切流れてこないのはなぜか?

私は最近のワイドショーやニュースで、『風評被害』という言葉の意味が平然と
間違って使われているのを聞くと、本当に気分が悪いし、その言葉を発している
アナウンサーや解説者の知性すら疑いたくなる。


アナウンサーたちは自分が何をしゃべっているか理解しているのか?

若い世代はそうでもないかもしれないが、お年寄りや子供たちはTVに出ているのは
偉い人という間違った認識を持っている人も多く、真面目な顔をして『これは風評被害だ』と
言えば、そのまま信じてしまう人がたくさんいると思う。

もし、そんな無責任なアナウンサーたちの発言を鵜呑みにして、東北の人達が
可哀想だから積極的に東北の野菜や魚を食べようとか、福島へ旅行にも行こうという
行動を取り、10年後にそれが原因で癌やその他の病気を発症したらどうするのか?


そんな可能性があることを考えて『風評被害』という言葉を発しているのか?

アナウンサーなんてただのサラリーマンだし、本人もそう思ってただ与えられた原稿を
読んでいるだけかもしれないが、自分たちの無責任な発言が純粋無垢な人を殺してしまう
可能性があることを認識して、いつまでもスポンサーである電力会社の方ばかり向いた
異常に偏った報道は止めてもらいたい。



話は少し逸れてしまったが、今こそ我々は変わらなければならない。

チェルノブイリやスリーマイルの事故では、我々は原発の危険性を実感として
日本でも起きる身近なこととして感じることは出来なかった。

どうせ技術力の低い国での話で、日本はそんなことはない。
そんな風に驕った考えを思っていた人も多かったのではないか。

しかし今は違う

今回の事故で、日本の技術力も大したことは無く、しかも驚いたことに、
これだけ危険なものを扱っていながら、恐ろしく管理能力が低いことが露呈された。
事故の想定も全くと言っていいほど出来ておらず、日本を滅ぼすかも知れないほどの
大事故を起こしてから、対策を考えるというお粗末さ。

今回明らかになったのは、同規模の地震や津波が起きれば、またどこかの原発で
同じような事故が起き、また同じように無能で無策な様子をさらけ出すのは
目に見えているということだ。

つまり、人類は安全に原子力発電をできる段階には至っていないことが、
今回の事故で証明された。おそらくは10年や20年のスパンで考えても
到底無理だろう。

我々人類には原発を続けるという選択肢は無い。

すぐにでも自然エネルギーへの切り替えを開始するべきだ。

原子力などという安易で、一部の人間の金儲けのための発電を止めて、
自然エネルギーによる発電に本気で取り組めば、今現在の電力量は
充分に賄えると私は信じている。

今現在も原子力に依存しているのは30%だけなのだ。

今のように馬鹿みたいに電気を使い放題の生活から、たったの
30%を削減するだけで、福島の人たちが今体験しているような
酷い状況を将来に渡って回避できるのだ。

それでも、現状を変えようとは思わないのか?
それでも、変わろうとは思わないのか?


もし、当面の間、現在の電力量の供給が無理なのであれば、それに
見合った生活をすればいいだけ。必要があれば計画停電でも何でも
やればいい。


それでも、得体の知れない放射能に汚染された野菜や魚を食べたり、
目には見えない不必要な放射能を浴び続けさせられるより数百万倍ましだ。

計画停電のある生活が我々にとって不便な生活なのであれば、
自然エネルギーを効率的に利用する方法はよりいっそう早期に
開発されることになるだろう。

ただ我々はそれに真剣に取り組んでないだけなのだ。

どんなに現状を変えることが嫌いな人間も、今回は他には選択肢は無い。

我々人類は変わるしかないのだ。


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