なまら好きやねん北海道

都会生活にうんざりし、海外生活も経験した関西人が北海道の素晴らしさに感動しながら、その生活ぶりを紹介するブログ

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負の遺産を未来の子供たちに残すこと

世の中は残念ながら金の論理で動いている。

この世界に貨幣というものが発明され、流通することにより、
人類は大きな発展を遂げてきた。しかし同時に貨幣の登場による
富の蓄積は一部の人間を狂わせ、多くの金の亡者を生み出した。

本来、未来の飢えに備えるための貨幣のはずだが、それを一生
かかっても使えきれないぐらいに蓄えても、まだ不十分と
言わんばかりに集めようとする種の人間が現れ、金の力にものを
言わせて権力を握り、国や地方の政治を動かし始めた。

今、日本では借金による金のばら撒き政策への期待から
円安が進み、株高となっている。

また、そんな状況をマスコミはアベノミクスとはやし立て、
あたかも日本が好景気に向かうかのような錯覚を起こさせている。

日々発表される日経平均株価の値上がりのニュースに、
政権が代わって、経済が良くなったのではないかなどと
考えるのは大きな間違いだ。


確かに、公共投資が増えることにより、一部の建設会社には
お金が流れ、円安の進行によって、一部のメーカーや
その下請け企業、一部の飲食業には好影響を与えるだろう。

しかし、恩恵を受けるのは限られたごく一部の企業のみだ。

財源は国債、つまりまた借金だ。
日本の借金はすでに900兆円を超え、GDP比でも214%となっている。
つまり、国民の全てが2年間を全て借金返済のために捧げても、
まだ返せない額だ。

一体この借金はどうするのか?

今回のアベノミクスを家庭に例えると、こんな感じではないか。

夫 『家の中の雰囲気も暗いし、景気づけにこれからはどんどん旅行に行こう。
  外食もしよう』
妻 『うちにはそんなお金はないわ』
夫 『お金なんか借りればいいさ。今までまじめに働いてきたから
   借金ぐらい出来る信用がある』
妻 『でも、どうやって返すの?』
夫 『そんなものは子供や孫たちに任せればいいさ。』
妻 『子供たちは返せると思うの?』
夫 『さぁ、どうだろうね。でも、どうせそれが問題になるころには
   俺たちはこの世にいないさ。そんなことより今が楽しければいいじゃないか』

そして、全く同じことが原子力発電でも起きている。

福島で起きたような原発事故は、日本という地震国で原発を動かしている
限り、いつか必ずまた起きる。にも関わらず、自分が生きている間に起きて
自らがその責任を問われる可能性の低さだけを心の拠りどころに、原発稼働に
よって得られる自らの利権を優先しようとする人間がいる。

つまり、未来に福島のような悲惨な原発事故が再び起きようと、
自分はこの世にいないから関係ないという自分勝手な発想だ。


また、原子力発電によって生み出される放射性廃棄物の処理方法すらないのに
原子力発電を行うという信じられないような暴挙がまかり通っているのが現状だ。
つまり、今を楽しみたい(金儲けをしたい)からゴミは未来の子供たちに託すと
言っているのだ。

こんな馬鹿げた話が許されていいのか?

今この場で抗議することのできない未来の人間に負債やゴミを
押しつけようとしているのだ。



民主党政権が誕生した時、TVをはじめとするマスコミには政権交代しようと
いう雰囲気が明らかにあった。

しかし、民主党が打ち出した緊縮政策は広告収入を増やしたいマスコミの
利益とは相反する。

民主党がやった事業仕分けを、私は初めて政治家がまともな仕事をしているという
思いで見ていたが、蓮舫議員がスーパーコンピューターの開発に関して質問した
『二位じゃだめなんでしょうか?』という発言を茶化し、事業仕分けそのものをも
茶化すような雰囲気を作ってしまった。

例えば、日本のスーパーコンピューターが一位を維持すれば、他国からの
受注につながるが、二位になればその目的は達せられないという理由があって
一位を目指す必要があるというのなら分かるが、単なる開発者の意地や
名誉のために必要以上に多額の開発費がつぎ込まれて一位を目指しているので
あれば、開発費を減らすことを考慮すべきという意味で、私は蓮舫議員の質問は
もっともだと思う。

結局、マスコミを動かしているのも金の論理なのだ。

借金だろうがなんだろうが、世の中に金が回れば、広告収入が増える。

今回の自民党復権も、明らかにマスコミはそういう雰囲気を創出していた。
そんなマスコミに簡単に扇動されてしまうのが、私は日本人の大きな
問題だと思う。『みんなこうしてますよ。あなたはしないんですか?』と
煽られれば、簡単にそれに乗ってしまう。もっと自分の頭というフィルタを
通して、TVで言っていることが本当なのかどうか考えるべきだと思う。

選挙前のTVニュースでは民主党政権はダメ、今回は自民党に投票する、
といった内容の世論調査を毎日のように伝え、世の中は自民党復権に
向かって進んでいるという既成事実を作り上げようとしていた。

私はこれらの報道を見て、選挙での自民党の圧勝を確信したが、
あまりにあからさまな報道ぶりに、自民党圧勝を危惧する人間が現れ、
それがブレーキとなって、ここまでの圧勝にならないことを期待したが、
結局日本国民はまんまとマスコミの思う壺となった。


景気が良くなれば、国民の全てにお金が回り、税収が増え、借金なんか
すぐ返せるというのは幻想にすぎないと思う。

バブルの頃を思い出してみるといい。 国民は高い給料を貰っていたのか?
国民にはお金が回っていたのか?


私の記憶では、バブルの時には企業だけが儲かり、儲かったお金を社員には
還元せず、儲けは内部留保という形で蓄えられ、一部の大企業の社員のみが、
税金対策のために会社のお金を使って、夜の街で大盤振る舞いをしたり、
タクシーを利用していただけにすぎないと思う。

結局、円安やインフレが進めば、国民にとっては物価だけが上昇することになり、
何も良いことはない。

現に、円安の進行のせいで、今年の北海道ではガソリン代や灯油代が高騰した。
ガソリンも灯油も、北海道で暮らしていくにはどちらも欠かせないものだ。
おまけに、輸入食料品の値上がりのニュースもちらほらと聞こえ始めている。

すでに、給料は上がらず、物価だけが上昇するという状況が生まれているのだ。

最近のニュースを見ていると、円高が悪で円安が好ましいことと思わされて
しまっている国民も多いと思うが、良く考えてみてほしい。

円安ということは、円の価値、つまり日本国民の資産の価値が下がっている
ことを意味している。


もちろん、過度な円高には問題もあるが、それより、自分たちの資産が
国際的にみて目減りしているという事実を忘れていないだろうか?

円高=悪、円安=善というのは、あくまで輸出を主な事業としている
ごくわずかな一部の企業の話だ。

ただ、そういう大企業は金を持っており、金の論理で政治やマスコミを
動かす力を持っている。それだけの話だ。

私は現行のどの政党も支持をしていない。しかし、事業仕分けを始めとする
緊縮財政の方が、日本の酷い財政状況を考えると、ずっとまともだと思う。
ただ、民主党には政権運営能力が無さ過ぎたのが残念だ。

今、自民党政権が復活し、事業仕分けで不要と認定された様々な事業が
こそこそと復活を始めている。


またまた国民の血税を使い、借金を重ねて、無駄遣いをして、
そのつけは未来の子供たちに払わせようとしているのだ。
官民癒着の構造も復活するに違いない。


一方で、こんな話がある。

先日TVを見ていたときに、たまたま見た話で、細かなところでの記憶違いは
あると思うが、概ねこんな内容だった。

それはある神社の宮司の話だ。由緒ある神社が建て替えだか改築だかをしようと
したところ、日本国内ではふさわしいヒノキの大木が手に入らないというのだ。

ヒノキが大木に育つには500年から1000年もの年月が必要で、国内には
そんなヒノキはないと言うのだ。つまり、未来のために、今植林をして
置かないと、当然500年後、1000年後の人間はヒノキの大木を手にすることは
できない。

伊勢神宮の式年遷宮に使用されるヒノキなどの特殊な事情があるものを除いて、
未来のためにヒノキを植林をしているという話は聞いたことが無く、
おそらくそんなことはしていない。

未来のために、財産となるものは残さないくせに、負債だけは有無を言わさず
残す、そんなふざけたことが許されていい筈がない。


我々の世代は、本来は未来の子供たちに引き継がれるはずだった、福島という
素晴らしい土地を残すことが出来なかったのだ。

これ以上の暴挙は許されない。


日本社会は確実に少子高齢化社会を迎えている。

少子高齢化社会には少子高齢化社会なりの在り方というものが
あるはずだ。

今の日本はまるで、60代になってピークを過ぎ、能力の
衰えが明らかなのに現役にしがみついているプロ野球選手のようだ。

高卒や大卒ルーキーである新興国に勢いなど色んな面で
勝てるはずもなく、その差は今後さらに顕著になると思う。

60代のプロ野球経験者には60代のプロ野球経験者なりの
在り方というものがある。

いつまでも工業業界のトップを争う必要はなく、社会構造そのものを
転換する時期に来ているのではないか。

昔の日本がそうであったように、また農業国に戻るのも悪くない。
ラオスのようにゆったりとした時間が流れる生活の方が、高齢化社会には
合っているのではないか?

自然を大切にして、環境に優しい国。
日本がそんな国になれれば素敵だと思う。


そしてまた、日本で安心して子供を産める環境が整い、人口構造が変われば、
その時は改めて新興国として、環境に優しい工業国を目指すのも悪くない。


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| 政治 | 21:07 | コメントはこちらから:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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『エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会』という茶番

『エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会』が全国各地で
始まった。

しかし、予想どおり、意見聴取会とは名ばかりで、開始早々に
誰の目にも茶番であることがはっきりと分かるお粗末なものだった。


結局、落としどころは15%案ということに最初から決まっていて、
そのシナリオのひとつのプロセスとして、形式上の聴取会を
行っているだけなのだ。


その証拠に、意見聴取会といいながら、抽選に当たった人しか発言できず、
その他の来場者は質疑応答の機会すら与えられないとはどういうことか?

国民の意見など最初から全く聴く気がないと言っているのと同じである。

しかも発言ができる9名の選び方にも大いに問題がある。

仙台の聴取会では175人の参加応募があって、抽選で130人が選ばれた。
そのうち93人が意見表明を希望し、原発0%案が66人、15%案が14人、
20~25%案が13人とのことらしい。

つまり、0%案が71%、15%案が15%、20~25%案が14%だ。
(名古屋ではそれぞれ66%、11%、23%)

であるなら、発言できる9名はその比率にしたがって、7・1・1、
もしくは5・2・2でいいはずだが、各層から3人ずつを出すというのは
非常に偏重していて、全く国民の意見の比率を反映していない。


0%案が約71%というのは大飯原発の再稼働の是非を問うアンケートでも
再稼働反対を選んだ人の割合と一致しており、国民の約7割が原発廃止を
希望しているというのはかなり確かな数字だ。


福島原発事故後においても20~25%案を選ぶのはそもそも
電力会社をはじめとする原発利権者か、マスコミを巻き込んだ
電力不足で経済が衰退するだの、計画停電で病院が困るといった
脅迫キャンペーンに脅かされた人たちぐらいしかいないと思われ、
世論が圧倒的に反原発であることは明らかなので、電力会社関係者は
会社ぐるみで個人参加を装ってこの抽選に申し込んだのだろう。

一般に大々的には告知がされず、一方では原発関係者はこの聴取会を
知らなかったものはいないはずだ。

つまり政府は原発反対派の参加希望が殺到することを恐れて、
聴取会を大々的に告知せず、原発推進派の割合を増やしたかったのだろう。


にも関わらず、各派の比率は上記のとおり、圧倒的に0%案が多く、
14名で15%しかいない20~25%という層から3名選べば、おそらく
どんな抽選をしようが、電力会社関係者が当選することになっていた
のだと思う。

だから、抽選をしようが、しまいが、電力会社に意見を述べさせたい
政府的な思惑からは結果は同じだったのだ。

さらに言うと、今回のこれらの聴取会をもっとニュースなどで広報して
いれば、0%案だけが数千人単位に増え、15%案や20~25%案の数は
ほとんど変わらなかったのではなかろうか?

であるなら原発廃止を希望する人は実際には国民の90%を超えている
のかもしれない。

要するに、政府の思惑は『政府は全国で聴取会を行って国民の意見を
聴きました。いろいろな意見がありましたが、間を取って15%案に
決めました』と言える状況を作りたいだけで、日本人が好きそうな、
両者の間を取ったグレーなところを落としどころにすれば、
シナリオどおりに運べるとでも思っているのだろう。


私は本当に情けなくなった。

ここまで国民は馬鹿にされているのかと。

全国の聴取会の最初の3か所が行われただけというのに、すでに
あからさまに電力会社の関係者が(厳正なる抽選に当選し?)登場し、
原子力の必要性をアピールする。

しかも、原発がらみの公聴会のやらせは以前から散々問題になっていたことである。

おまけに、『福島原発事故では放射能の直接的な影響で死亡した人はいない。
5年、10年たっても状況は変わらない』
という信じがたい暴言まで吐いた。

つまり、この男が言ったのは別の言葉に置き換えるとこういうことだ。

福島原発事故で国民が騒いでいるが、誰も直接的影響で死んでないじゃないか。
また事故が起きても、強制避難させればいいだけだ。直接的な影響では
誰も死なない。だから原発を稼働させよう。


『放射能の直接的な影響で死亡した人はいない』
つまり、『直接的な影響で』という言葉でわざわざ限定しているということは
『間接的な影響で』死亡した人がいることは認めるということを示唆している。

現に、事故後の現場で死亡した作業員がたくさんいるようだが、
『直接的な影響で』死亡したと証明が出来ていないだけではないか?

ためしに、『福島 作業員 死亡』というキーワードでネットで検索を
してみるといい。

一説によるとすでに作業員の4300人が死亡したとか、800人が死亡したという
書き込みがあちこちにみられる。

本当だったとしたらとんでもないことで、信じたくはない話だが、
これだけのことが言われるということは、これらの数字が正しいかどうかは
別にしても、おそらく相当数の作業員が実際に被ばくにより亡くなり、
『直接的な影響』は確認できないとして、関連性を否定されているのだろう。

都合の悪いことは隠そうとする体質は、大津で起きたいじめによる
自殺に対応する学校や教育委員会と全く同じだ。

この男に話を戻すと、私はこの発言を聞いた瞬間、例の宗教団体を思い出した。
会社に洗脳されて、正常な判断が出来ないのだろうか。
あんな発言をあの場ですれば、大きな失笑を買うということは子供でも判断できる。
それをずけずけと言ってのけたのだから常軌を逸している。

こんな暴言を、福島から避難している人たちが一体どんな思いで聞いていると
思うのか? 直接的影響と証明できる死者さえ出なければいいのか?

数多くの人が家を失い、故郷を失い、間接的にはたくさんの人間が
放射線の影響による病に侵され、農民の作物や周辺の漁獲物は拒否され、
国民は周辺の食物を食べることが出来なくなり、それでも、『直接的影響』と
証明できる死者さえ出なければ原発を稼働させようと、この男は言っているのだ。


いかにも、自分だけ良ければいいという、原発推進派を代表する意見だと思う。

まぁ、この個人の資質の問題は置いておいて、政府の予見能力の無さはどうか?

同じやらせをやるなら、もう少し上手くやればいいのにと、同情したくなるほどの
稚拙さだ。全く世論の空気が読めていない。


日本全国で原発反対運動が起きる中、小学生にも分かるような茶番の公聴会を
開いて、国民が黙っているとでも思うのか? 

『公聴会を開きました。抽選をしましたが、偶然にも電力関係者がたまたま
たくさん当選しました。しかも、わざわざ各地で公聴会を開いているにも
関わらず、なぜか関係のない地域の人が含まれていました。』

これを聞いて、『あぁ、そうなんですか。偶然そんなことがあるんですね。』
というほど、国民は馬鹿だと思っているのか?

しかも、さらに驚いたことに、これらの公聴会の批判を受けて、慌てて、
今後は電力会社の社員に意見を言わせないことを検討する等という発表をする。

『えっ、もしかして、こういう国民の反応はお得意の『想定外』だったんですか?』
と言いたくなる。

いずれにしても、こんな茶番に気づかないと国民を完全に馬鹿にしていたか、
あるいはそうではなく、こんな反応を予見できなかったというのなら、
どうしようもないぐらい能力の低い人たちが政権を握っていることになる。

自民党政権に絶望し、民主党に期待をした我々国民の選択は間違いだったと
いうことが日々、証明されつつあるのが悲しい。


最後に、今後の意見聴取会を茶番で終わらせないために、興味のある方は
意見聴取会に申し込んで、反原発の意見を述べてみては如何だろうか?

エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会
http://kokumingiron.jp/









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| 政治 | 21:50 | コメントはこちらから:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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さようなら原発1000万人 アクション

『さようなら原発1000万人 アクション』というプロジェクトが
進行していることを遅ればせながら昨日知って、さっそく署名した。

坂本龍一氏や大江健三郎氏も呼びかけ人に名を連ねるプロジェクトだ。

7月14日11:10時点の署名者数は7,850,135人で、1000万人まで
もう一息のところまで来ている。

日本の人口が約1億3000万人であることを考えると1000万人と言うのは
ものすごい数字だ。

人口1億3000万の中には子供たちやネットを使わないお年寄りも含まれている。
さらに、私がこの活動を昨日まで知らなかったことを考えると、まだまだ
この活動を知らない人が大勢いて、この活動を知る限られた人の署名だけで
これだけの数字に達しているのだ。

これと並行して、首相官邸前では毎週金曜日に反原発デモが行われており、
毎回数万人もの参加者がいるという。

おとなしい日本国民がここまで行動を起こしている姿は私の世代ではこれまで
一度も見たことがない。

日本の政治はこれまで国民の声を無視し続けてきた。
何か反対運動があっても、デモに参加しているのはごく限られた一部の人たちで
国民の大半の声ではないという態度を通すことが出来たのだろう。

しかし、今回は違う。

今回デモに参加しているのは、紛れもなく世代や主義に囚われない一般の国民なのだ。

現に、大飯原発の再稼働に際してのアンケートで7割以上が反対という結果が
あちこちで出ている中、再稼働に踏み切ったのは完全に国民の声を無視した暴挙だ。

大体、事故後の悲惨な日本の状況の中で、原発再稼働の議論がなされること自体が
間違っている。そんな意味のない議論に時間を使わないで、原発廃止後のエネルギーを
どう確保するか、それに対して国民のどのような協力が必要なのかを議論すべきだ。

ちなみに、今現在の日本で放射能汚染でどれだけの食品に出荷制限がかけられているか
ご存じだろうか?

政府や電力会社からの圧力なのかマスコミの自粛なのかは分からないが、
どうもこういった大切な情報が国民に正確に伝えられていないような気がする。

試しに、『原子力災害対策特別措置法に基づく食品に関する出荷制限』という
検索ワードで検索をしてみるといい。


恐ろしいほどの品目と産地のリストが出てくる。

しかもこれらは偶然に検査で見つかっただけで、大半は検査もされずに
出荷されていると思われる。

私は以前、農家でアルバイトをしていて、毎日集荷場に野菜を降ろしに
行っていたので、農協での通常の野菜の検査がどのようなものかは
ある程度知っている。

例えば、100箱の野菜を持ち込むと検査されるのはせいぜい1~2箱。
残り98~99%がノーチェックで出荷される。そこで、出来のいい畑と
出来が悪い畑の野菜を半分ずつ持ち込む場合、荷を降ろし始めて
どの辺りの箱が検査されるかを農家は経験で知っている。

だから、検査員が近くに居ないときに、出来の悪いものをパレットに
先に降ろして、その上に出来のいいものを積んでしまえば、出来の悪いものが
検査されることはない。

もし放射能検査が同様の方法で行われているとしたら、放射性物質の
たまりやすい落ち葉がたくさん落ちる畑のものを検査されないように
するなどの小細工は十分に可能だと思われる。

しかも、検査するのは農協の職員、つまりは自身も農家である
場合が多いと思う。自分の所属する農協から放射能が検知されると
困る人たちが自ら一所懸命に汚染物質を見つけるべく検査するだろうか?

これらを考えると、このリストに載っているものは危険で、
載っていないものは安全だなどと言えるだろうか?

しかも、福島原発事故が収束しただのという馬鹿げた子供だましの
発言とは裏腹に、放射性物質は食物連鎖の下位のプランクトンから
上位の甲殻類、魚類とどんどんと濃度を増して蓄積されているのだ。

本当に恐ろしいのはこれからで、ただ目に見えないから、パニックが
起きないだけで、これが目に見える色の着いたものであったり、
摂取した直後に発病するようなものであれば、日本国中は大パニックに
陥っているに違いない。

日本はすでに、東北や北関東の原発周辺地域の広大な面積の生産地を
失ってしまった。しかも、おそらくは10年や20年という短い時間の
単位ではもとに戻ることはないと思われる。

例えば今、『これはチェルノブイリ産の牛乳です。数値は基準値以下です』と
言われて出されたら、安心して飲めるだろうか? チェルノブイリはすでに
事故から25年以上も経っているのである。福島の25年後がどうなっているか
大体想像がつくだろう。


これは全て、安全に運転する技術もないのに、一部の人間の利益や
エゴで原発を稼働してきたつけである。。

そういう状況の中で、他の地域で原発を稼働させて、今度は近畿や
東海、中国、九州、北海道といった地方で事故が起きたら
どうなると思うのか?

ただでさえ食料自給率の低い日本で、東北と北関東以外の生産地を
失うということの意味を考えたことがあるだろうか?

最悪の場合、日本人が難民となって、世界中でバラバラとなって
生活をしないといけない日が来るかもしれない。


今現在、原発を抱えている自治体には良く考えてもらいたい。

原発マネーという甘い汁に騙されて、福島がどんな目に遭っているか。

しかも、福島の事故以前は『事故は絶対に起きない』と騙されていたから、
今回の福島は被害者だ。

しかし、次の事故が起きれば、それはもう福島とはわけが違う。

福島という前例がありながら、それから学ぼうとせず、
原発マネーを優先したのだ。

いくら過疎対策だといっても、同情の余地はない。


原発を抱えることで原発マネーがただで入ってくると思ったら
大きな間違いだ。世の中にそんな甘い話はない。

これは投資がらみの甘い話を持ち込まれて、騙されるのと
全く同じだ。騙す側は甘いことしか言わない。騙すためには
事故は絶対に起きないという全く根拠のないことまで言う。

結局、原発マネーと引き換えに原発を抱えるということは
毎日ロシアンルーレットの引き金を引いているのと同じだ。

しかも、弾倉がいくらあって、そこにどれだけ弾が入っているかも
分からないロシアンルーレットの引き金を毎日、いや毎時間
引き続けているのだ。

確率は1000分の1かもしれないし、1個しか弾倉のない銃に
1個の銃弾が入ったものかもしれないのだ。


広島と長崎で原爆を落とされ、放射能問題で苦しみ、
核の平和利用との幻想の下に、今度は自らの手で日本の国土を
汚染してしまった。

それでも、金儲けを優先するのか?

日本国民はそこまで愚かなのか?

原発賛成論者の中には停電で生産活動が停滞し、
給料が払われなくなってもいいのかという人間がいる。

見当違いも甚だしい。

命あってのお金であり、健全な生活環境があっての経済なのだ。

繰り返すが、日本に原発存続などという選択肢はない。
一部の金の亡者のために原発を再稼働させるなどという
ことがないように国民は声を上げないといけない。

この署名はささやかながら、その一歩となるのではないだろうか?

さようなら原発1000万人 アクション
http://sayonara-nukes.org/shomei/shomei_faq/

もしこの活動に賛同するなら、国民を無視した政治家の暴走を止めるためにも、
友人知人にこの活動のことを広めてほしい。

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大飯原発の再稼働問題

大飯原発の再稼働に向けての動きが激しくなってきた。

再稼働に際して、本来なら安全性が確保できるかどうかが争点に
なるはずだが、残念ながら予想どおり大飯原発の再稼働は
既定路線の出来レースだった。

安全性が確保できているかを検討すると言いながら、最初から結論は
再稼働ということで決まっていた。

まず、再稼働ありき。

再稼働させるために、どうすれば国民を欺けるか?
どうすれば反対騒ぎを最小限に留められるか?
どうすれば国民を黙らせられるか?

そのために時間を掛け、安全性の検討を重ねているという
振りをしながら、電力が足りない、計画停電が必要になる等と
国民を脅し、『再稼働やむなし』というムードを作り上げることに
専念し、再稼働決定という発表のタイミングを見計らってきた。

マスコミを利用して、停電になったら生活をやっていけないという
町工場の経営者の悲壮な声を届けたり、動物園や水族館の生物が
死んでしまうという、情けに訴えようとするキャンペーンまで行われた。

結局、政府や電力会社がやってきたのは、再稼働に向けての
安全性の確保の判定ではなく、どうすれば福島原発事件以前と同様に
国民を騙し続けられるかを考えて来ただけ。

2011年3月11日に人類史上最悪ともいえる福島原発事件が起きてから
現在までまだ1年半も経っていない。

その短い年月の間に、日本の原子力関連の技術は信じ難いような
進歩を遂げ、昨年3月当時は不可能だった事故回避が完璧にできる
ようになったとでも言うのか?


現在の日本の馬鹿げた原子力行政を宇宙の彼方から見ていて、
呆れかえった地球外生命がやってきて、原子力の正しい扱い方を
伝授してくれた等というSFチックな出来事でも起きない限り、
そんな短期間に技術の進歩など有り得ない。

もし革新的な技術的進歩もないのに、福島原発事件当時と同じ技術力で
大飯は安全だというのなら、昨年3月の福島の事件ではその安全対策を
怠っていたということで、関係者を厳罰に処するべきではないか?


起こした事件の大きさを考えれば、一部の責任者には海外のように
終身刑数百回という判決が出ても不思議ではない。

ちなみに、これまで世界で最も長い懲役の刑期は14万1078年で、
タイで2億400万ドルの詐欺容疑で、15,000人の被害者を出した
事件だそうだが、今回の福島の事件の被害者の数や被害額は
そんなものでは済まないだろう。

何しろ、これから生れてくる子供たちすら被害者となる可能性が
充分にあるのだ。

話を大飯の話に戻すと、ある首長が今回の再稼働の合意に関する
判断に際し、政府や電力会社から「停電になったらお前は責任が
取れるのか?」と脅しを受けたという。


この話を聞く前から、どうせ物事の本質的な善悪の判断もできない
金の亡者による、そのような脅迫まがいのことがあちこちで
横行しているのだろうと思っていたが、現実の話として聞かされると、
改めてこの国のレベルの低さに唖然とさせられる。

最大の権力である国や、電力を独占販売している電力会社からの
脅しはある意味、暴力団より性質が悪い。

「停電になったら責任が取れるのか?」

良く言ったものだと思う。

では、逆に聞きたい。

「原発事故が起きたら、お前は責任が取れるのか?」

はっきり言っておこう。

原発事故が起きて、責任を取れる人間など世界中のどこにもいない。

某国のカピパラに似た首相は「私の責任で判断」と言っているようだが、
どんな責任が取れるというのか?

全私財を補償に充てようが、腹を切ろうが、末代までの子孫も含めて
全力で生涯を補償に費やそうが、補償など出来ない。
東電のように数千億や数兆円単位で補償金をばら撒いたところで、
そんなものは十分な補償とは到底呼べない。

もっとも、そこまでも考えずに、責任を取るという名目で
首相を辞めて隠居して終わりという程度のつもりなのだろう。

どうせ俺の任期中には事故は起きない。俺が生きている間には事故は
起きないという甘えがあるに違いない。

25年前にチェルノブイリの事故が起きた時、私はソ連を憎んだ。

充分な技術力もないくせに原子力を扱って事故を起こし、結果として
世界中に放射性物質をばら撒いたことに、とても腹立たしく思ったのを
今でも良く覚えている。

当時から私は核のごみ処理問題すら解決していない中での原子力発電には
反対だったが、まさか日本もこんなにもレベルの低い管理体制の下で
原発が稼働しているとは思いもしなかった。

TVCMでの再三にわたる「原子力は安全でクリーン」という洗脳キャンペーンに
ずっと疑いを持ちながらも、ここまでの低レベルに気づかなかったという意味で、
私もこのキャンペーンにまんまと騙されていたといえる。

大飯原発を稼働しないことにより、計画停電が必要になり、経済活動が滞るなら
滞ればいい。病院や動物園や水族館など、生命に関わる施設には優先的に電力を
供給すればいいし、企業間で調整をして、同じ時間帯に電力の需要が集中しないように
本気で努力すれば電力の不足などいくらでも解消できる。

どうせ電力が不足になるのは夏場の限られた時期だけ。その時期だけ、
電力需要が最も少ない時間帯の電気料金を格安にし、需要の多い時間帯の
料金を上げれば、いくらでも誘導は可能だ。

この夏の電力不足量として各地で数%~15%程度の数値が挙げられているが、
所詮これらは原発再稼働のキャンペーンの為に都合よく作られた数字で、
私は信用していないが、100歩譲ってこれらが正しい数字だとしよう。

もし、タイムマシーンで2011年3月の震災以前の日本に戻れるとして、
日本全土で20%の節電をすれば、原発を稼働せずに済み、福島の人たちは
以前と同じように福島に安心して住むことが出来、県外の人たちも
福島産の野菜や魚を食べることが出来るとしたら、それでも節電に協力しないのか?


もっと現実的な話をすると、例えば今、本当に20%の節電や計画停電が必要なら
すればいいのだ。そして不足分を自然エネルギーで補えるようになるまでは
計画停電を続ける。一方で、電力を自由化し、自然エネルギーによる発電を
優遇して新規参入を促す。送電を電力会社から分離すればすぐにでも出来るのではないか?

そうすれば、我々一般消費者は独占状態にあぐらをかいた会社ではなく、
本当の意味でのクリーンなエネルギーを作り出している会社を選択する
ことが出来るだけではなく、競争原理が働いて、原発なしでも電力不足などという
言葉が聞かれない世の中にあっという間になるだろう。

今回の大飯の再稼働を認めることは、他のすべての原発の再稼働を
意味している。

ここで再稼働という既成事実を作ってしまえばこっちのもの。
後はなし崩しに再稼働できる。

そんな風に考えているに違いない。

大飯原発の直下に活断層が走っていることが複数の学者から指摘されているが、
原子力保安院は再調査すらする気もなく否定している。

まさに、なりふり構わず、安全性の確保なんてどうでもいいから、
この原発を何が何でも再稼働させるという姿勢が見え見えだ。

日本中には、危険な原子力発電所がたくさんある。

大飯の再稼働は、それらの再稼働のトリガーとなることは間違いない。

だからこそ、大飯周辺の住民のみならず、日本国中がこの再稼働には
反対をし、安全性を無視した再稼働を阻止しなければならない。



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| 政治 | 20:44 | コメントはこちらから:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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放射能汚染された中古車

夜のニュースでとんでもない話が耳に飛び込んできた。

それは日本国内に高い放射線量の中古車が無秩序に流通しているという
ニュースの中でのことだった。

ある業者か何かだと思われる人物が、『高い数値で放射能汚染された
中古車が見つかったが、輸出業者に売ってしまったので今はどうなったか
わからない』
と言うのだ。

私は耳を疑った。

他のことをしながらTVに集中していなかったので、この人物が
一体どこの誰であるかを聞き逃してしまったが、輸出業者に
売り渡したから、どこか海外に輸出されるはずで、日本国内には
流通しないからいいということだろうか?

この発言に対して、キャスターを始めとして出演者の誰からも
何のコメントもなかったことに私はさらに驚いた。

自分達さえ良ければいいということか?


この件に限らず、私には常々、ニュースキャスターの発言で
気になっていることがある。

それは、海外で事故や災害があったときに、必ずと言っていいほど
付け加えられる言葉だが、『この事故で日本人の犠牲者は確認されて
いません』『事故があったバスに日本人の乗客はいなかった模様です』と
いった発言だ。

私はこれらの発言を聞く度に、日本人の犠牲者さえいなければいいという
ことか?と思ってしまう。


私は海外(と言っても私が理解できるのは英語圏のみだが)でTVのニュースを
見る機会が良くあったが、私の覚えている限り、その国以外で起きたニュースで
あっても『事故の犠牲者にカナダ人は居ませんでした』といった内容の
発言を聞いた覚えがない。

確かに、その国を旅行している知人がいる場合に、事故に巻き込まれていないか
どうかは気になるところかもしれないが、現代の日本でそのニュースを見ているのは
日本人だけとは限らないということも覚えておかなくてはならない。
いつまでも島国根性では許されないのだ。

話がそれてしまったが、中古車の放射能汚染問題に戻ると、ネットで少し
検索しただけで、聞きたくもない内容の話が次から次へと出てきた。

放射能汚染中古車は港湾基準超えが7137台あり、道内分は釧路、
小樽、苫小牧の3港で計135台あったらしい。

これらはたまたま検査されて見つかっただけで、当然のことながら
国内の自動車をすべて検査したわけではない。

つまり現実にはこの何倍かもしかすると何十倍もの汚染された車が
国内にはあるということだ。

しかも、先ほどのニュース同様に、中古車業者は自社に汚染中古車が
見つかると知らぬ顔でオークションに出している
という。

また、輸出車には放射線値の規制があるから、高い線量が出たものは
規制のない国内のオークションに出す
のだという。

おまけに福島ナンバーを付けていると売れないので、車検期間内でも
登録を抹消して福島ナンバーを外して関東で売る
ということも当たり前のように
行われているということだ。

一体、日本人のモラルはどこへ行ったのか?

さらに驚くべき話があった。毎時110マイクロシーベルトの中古車を
何度も除染して測定したが30マイクロシーベルトまでしか下がらなかった

いうのだ。ちなみに港湾での規制値は0.3マイクロシーベルトだというから
如何に異常な数値かが分かるだろう。

これが意味することがお分かりだろうか?

高い線量で汚染された車をピンポイントに集中して何度も除染をしても、
線量が30マイクロシーベルトという異常に高い数値までしか下がらないと言っているのだ。


汚染されたことが分かっている車に狙いを定めて除染を試みても
除染出来ないのに、福島を中心とする汚染地域の海や山、川、学校、公園、
住宅地、私有地などの完全な除染など出来るわけがないことは
火を見るより明らかだ。


日本人の郷愁という感情は尊いものだとは思うが、すでに最悪の事故は
起きてしまっており、今後100年や200年といった時間の単位、
さらには現在の科学レベルではどうすることもない汚染が進行しているのだ。

被災地の人たちが可哀想だから、被災地の農産物を食べようとか、
がれきを受け入れようという考え方は一見美しい話のように聞こえるが、
完全に間違っている。

10年後や20年後に癌を始めとする何らかの病気を発症して、
『あの時、福島の人たちが可哀想で福島の農産物を食べたんだから
しょうがないよね』とか、『被災地が可哀想でがれきを受け入れたけど、
北海道にも汚染が広がって誰も北海道の農産物を買ってくれなくなったね。
でも、これも人助けだからしょうがないよね』と言えるのだろうか?

被災地の人たちを含め、日本中の人たちが安心して食べられる
北海道や九州の農産物を守るべきではないのか?

今回の放射能汚染された中古車の話でも明らかなとおり、福島原発周辺は
今の科学ではどうすることもできないぐらい汚染されていて、除染などという
夢物語で誤魔化すべきではない。

チェルノブイリのように永久的に立ち入り禁止の区域を定め、一刻も早く
汚染地域との一切の物流を絶つべきだ。


生まれ育った愛着のある故郷だから、放射線の数値が高くても農業を
続けるとか、民宿をやっているから放射線量が高くても観光客が来てくれないと
困るとかいうのは間違っている。

当然のことながら、汚染地域外への移転に関わる全ての費用や、汚染地域の
不動産の買い取りなど、一切の責任は東電や原発を推進してきた政府が負って
補償をするべきだろう。この期に及んでも、都内の一等地の不動産を手放さない上に、
電気料金値上げの話が出てくるというのは呆れてものも言えない。

人類史上最悪と言っても過言ではない事件を起こした企業とは思えない。

放射線の恐ろしさは目に見えないこと。被爆してもすぐには結果として現れないので、
恐ろしさに目を瞑ってしまっている人が増えているように感じられるのは気のせいだろうか?

GWに被災地が観光客で賑わったという話にため息が出たが、たった今現在日本では、
目に見えないだけで、とんでもない事態が起こっているということを忘れてはならない。

海外の国々が日本の車や商品の放射線量検査を義務付ける中、国内では
全く無秩序に汚染された車が流通しているというのはどういうことか?

一体政府は何をやっているのか?
いつまでも平和ボケなんて言っていられない。

現在、そして今後数百年の日本はずっと放射能問題を抱えていくことになる。

福島の原発事件で戦後長らく続いた日本の平和は終わってしまったのだ。









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